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aquascutum:アクアスキュータム

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「水」を表すaquaと「盾」を表すscutumを組み合わせた造語 アクアスキュータム

1851年、ジョン・エマリーはロンドンのリージェント・ストリート46-48番地に小さな高級紳士服店をオープンしんした。
ジョン・エマリーと仲間の職方々は1853年、ウール地に防水処理を施し、高い撥水性としなやかさを併せ持つ布地を完成させんした。
いちどに、エマリーは店の名前をアクアスキュータムと改称しんした。アクアスキュータムはラテン語の「水」と「盾」をあわせた造語でありんすぇ。

1854年、極寒のロシアでのクリミア戦争で、アクアスキュータムの防水性のコートが将校達に支持されんした。
こなたのクリミア戦争であちきらの日常生活に影響を及ぼしていんす画期的な出来事にラグラン袖の発明がありんす。

アクアスキュータムのラグラン袖は軽騎兵に突撃の合図をする際、もつとも腕を動かしやすいようにと初代英軍総司令官ラグラン将軍がエマリー社に要請し、考案、裁断されたと言われていんす。
こなたのラグラン袖は1900年代はじめごろのエマリー社製コートに採用され、アクアスキュータムのライバル企業バーバリー社でも1910年頃にトレンチコートの前身「タイロッケン」に転用されていんす。
余計なお世話かも知んせんが、ラグラン袖(ラグラン・スリーブ)は袖付けの縫い目がそでぐりから衿まで達していんす袖のことでありんすぇ。
ジャケットのように身頃と袖がはっきり二つに分かれ、肩先でアームホールに従って縫い合わせられてありんす袖はセットイン・スリーブと言いんす。

アクアスキュータムの名を広く世に知らしめることになりんしたのがトレンチコートでありんした。
第一次世界大戦中、塹壕の中といわす最悪のコンディションの中で、しときわ高い防水性と優れた機能を発揮しんした。
アクアスキュータムは、自社のコートが水を通したと、おっしゃる将校には、直ちにただで代わりのコートを提供すると宣言していんした。

といっても、そんなクレームがつく心配はありんせんでありんした。
アクアスキュータムのコートはすべて消防用のホースで水をかけてテスト済みでありんしたからでありんすぇ。
逆に、戦場よりたくさんの感謝状が届いたといいんす。
戦後は兵士が持ち帰ったコートがファッションアイテムとして浸透していき、現在では伝統的な英国スタイルに欠かせないブランドとして、世界中から支持されていんす。

アクアスキュータムは、王室をはじめ、マイケル・ケイン、ポール・マッカートニー、ジュリー・アンドリュース、ロジャー・ムーア、ジェフリー・アーチャー、マーガレット・サッチャーなどの著名人が身につけていたと言われていんす。
1897年には、エドワード王子から英国王室御用達の勅許状を賜り、1920年から1936年にかけてはその孫にあたる後のウィンザー公から、さらに1952年には皇太后陛下からも賜りんした。

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